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Cocco 20周年記念 Special Live at 日本武道館
Cocco 20周年記念 Special Live at 日本武道館2Days 一の巻に行ってまいりました。
公演初日となる一の巻は、バックバンドのメンバーもCocco初期~中期を支えた面々。
今となってはなかなか見ることが出来ない、大変豪華で貴重なステージです。
小学生のようにチケットを握り締めてどきどきしながら九段下に向かいましたよ!
こちらは武道館入口前に飾られたお花。
マツコさんの名前もありますね。
マツコさんが引き篭もっていた頃
ひたすらCoccoを聴いていた、と
番組で仰っていたのを思い出しました。
Coccoの歌は本当に
多くの人に影響を与えているんですね。
この公演が発表された直後「絶対聴きに行きたい」と思い、なんとしてもチケットを取る覚悟でした。
先行・一般何度でも申しこんだるでぇぇ!と思っていたのですが、最初の先行予約の抽選でまさかの当選。
アリーナほど近くではありませんが、ステージも良く見通せる良席をGetしたのでした。
ちなみに同時期に申し込んだラルクのドームは3回挑んで全部チケット取れず仕舞いでした。
運を使い果たしていたんでしょうか…笑
周囲に大変驚かれたのですが、実は私Coccoのライブは今回が初めてでした。
理由は色々あれど。映像作品でしかみたことがなかったんです。
時を越えて当時好きだった曲をオリジナルメンバーで演奏してもらえるなんて、本当に有難いことです。
肝心のライブですが、1曲目「カウントダウン」から号泣。2曲目「水鏡」で更に号泣。
どちらも思い入れが強い曲だからというのもありますが、「けもの道」でも「Raining」でも泣いてたので
ほぼ泣きっ放しで聴いていたようなものです。
「強く儚い者たち」や「樹海の糸」も聴くことができて、まさに神セトリ。
活動休止から復帰して以降の楽曲はそこまで詳しくないのですが「手の鳴るほうへ」は神々しく
「音速パンチ」はノリよく、全ての楽曲を堪能して来ました。
Coccoのライブは独特な空気感でしたね。
あれだけ全てを曝け出す様に歌うのだから、最前はもっと熱狂的な空気だろうと勝手に思っていました。
初期のCoccoはメタルといわれていたくらいですし、ブーゲンビリア時代はサウンドもヘヴィだし…
でも実際は殆どの人達が微動だにせず、私と同じように泣いてたりするんですよね。
アリーナ以外はほぼ着席して鑑賞。アリーナの人も立ち尽くすように観ている。
皆、彼女の言葉を噛み締めるように真剣に。
けどCoccoはいつものあの感じ。という少し不思議な印象でした。
でも「あぁ、こうなってしまうんだろうな」「こういう音楽なんだな」と、妙に納得する自分もいました。
Coccoは技巧派の歌手ではありませんが、真の体現者だなと思います。
習得した技巧や経験で歌を伝えているわけではなく、たまたま彼女の喜怒哀楽を表現する手段として
歌がしっくりきただけなのではないかなぁと。
まぁ本人には「表現している」なんて意識は、おそらく全くないと思うのですが…。
ライブでも造られた言葉ではなくて
ほぼ本物のような彼女の言葉が洪水のように押し寄せてくるので、とても冷静には聴けません。
CDですらそう感じる事があるので行く前は、生ライブなんてどうなってしまうだろうと思った程です。
多くの人が彼女を「怖い」と言いますが、僅かながらその気持ちがわかります。
怖いと思う理由はきっと、独特のキャラクターや歌い方だけではないのでしょうね。
テクニックが高いボーカリスト、美しい歌を歌う人は沢山いるのですが
彼女のように歌を歌とせず、本能的に歌っている人は一体どれ程いるのでしょう…。
特別な何かがないとそうはならないし、それは必ずしも幸せな感情ではないと思うので
Coccoが「生きてて良かったと思えるところまできた」と言ったのは、それはそれは凄いことです。
きっと泣いたり叫んだりすることと、歌うことがイコールだった時期がとても長いんじゃないかなぁ…。
全てが演技だったら、技巧的表現だったら、もっと楽に歌えるのに。
でもそれだとCoccoのような歌は歌えないので、本当に残酷な話です。
きっとあの会場にいた多くの人には彼女の強さも繊細さ全部、伝わったのではないかと思います。
結局最後まで泣きながら聴いていましたが、周囲を見ると結構な人たちが同じ様子でした(笑
解散ライブでもないのに閉会後、目元を拭いながら席を後にする人がこんなに大勢いるライブは初めて。
彼女の歌も歌詞も、Coccoという人も、皆にとっての唯一無二なのだなと痛感します。
Coccoが私にとって特別なのは「歌うことは必ずしも楽しいことではない」という部分に
妙に共感してしまうから、というのもあるかもしれません。